[知楽市の履歴書](1)わたしのノーブレス・オブリージュ
[知楽市の履歴書]:2003年に設立した知楽市の20年を振り返ります。
わたしのノーブレス・オブリージュ
初代専務理事 高本 芳昭
ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)、広辞苑には「高い地位に伴う、道徳的・精神的義務」と書かれている。本やインターネットではさまざまな解釈があるが、私のノーブレス・オブリージュは「恵まれた時代に生きてきたものたちの責務」とでも言いたい。
私の働いてきた40年間を振り返ると、戦禍に見舞われることもなく、高度成長、男女平等、自由社会といった戦後の果実を十分に享受してきた、まさに恵まれた時代を生きてきたと実感する。そして、この時代を生きてきた私たちが、定年後の自由な時間の一部を社会に恩返しするために使うことが責務だと考えた。
定年退職から80歳まで生きるとして、それまで自由に使える時間は約8万時間である。これは定年退職までの約40年間の勤務時間に相当する。この貴重な時間をどのように生き生きと過ごすかが大きな課題である。ようやく手に入れた余裕ある自由な時間、仕事や家事に使うもよし、趣味に生きるもよし、さらに余った時間を地域社会に役立てたいものだ。
私は定年退職と同時にNPO法人の設立に参画した。退職の約1年前に石川県情報システム工業会(ISA)の若手グループの有志からNPO設立の相談を受けていたのである。設立の趣旨や活動目的を議論し、2003年3月に設立総会を開催。7月には法人認証を受け、NPO法人ケーネット知楽市が正式に活動を始めた。
活動の目的は「パソコンやインターネットに不慣れな障害者や高齢者、子どもたちに対するICT利活用に関する支援活動を通じて、地域社会の発展に寄与する」である。活動を始めるにあたり、次のような活動理念を定めた。
- わたしたちは、情報技術・まちづくり・環境の分野で地域発展のお手伝いをします。
- わたしたちは、知恵の出し惜しみはしません、誰にでも惜しみなく提供します。
- わたしたちは、たくさんの報酬は望みません、そのかわり心からの「ありがとう」に期待します。
- わたしたちは、組織運営にお金を掛けません、その費用をサービスとグループの自己革新に使います。
- わたしたちは、営業活動をしません、その時間を夢の創造に使います。
活動はアイディアミーティングから始まった。毎月、第2、第4水曜日に開くミーティングに、定年退職者を中心に専業主婦や現役の人を含め、年代や職種を越えた多彩な仲間が集まり、それぞれが培った知識や経験を活かしてアイディアを出し合い、議論を深めながら新しいプロジェクトを生み出した。
そのひとつが、今も知楽市の主な活動となっている「発達障害者支援プロジェクト」である。発達障害者が最も不得手とするコミュニケーションや社会参加の支援、または生活改善を目的にパソコンの指導を通して支援する試みである。取り組みのきっかけは「はぎの郷」(石川県河北郡津幡町)を見学した時に「隣のレインマンを知っていますか」から始まった「トロルらく楽パソコンクラブ」の活動(2004年8月~2005年3月)で、受講者とシニアが醸し出す小さな感動や発見・気づきが継続の力となった。
この活動から、多くの受講者を受け入れたIT交流サロンとインターネットカフェ・クラブ(2005年4月~)やSNSを活用した交流サイト「パースウェブネットクラブ」(2007年4月~2015年3月)、発達障害情報マップ「パースウェブマップ」(2009年4月~2016年3月)、中古パソコン再生作業支援(2007年3月~)へと支援の輪が広がり、その結果、日本自閉症協会「いとしご賞」(2005年9月)や石川県知事表彰(2013年2月)、内閣府特命担当大臣表彰(2013年12月)などを受賞することもできた。
また、子どもの居場所づくり(文部科学省)「子どもインターネット安心・安全教室」の開催(2005年5月~2006年3月)や、e-ネットキャラバン(総務省・北陸総合通信局)への講師派遣、石川県や金沢市の「インターネット人権講座」への講師派遣、石川県警察本部からサイバー防犯ボランティアの委嘱(2016年~)など、子どもたちのインターネットや携帯利用が急速に進む中で背後に潜む犯罪や人権問題への啓発活動が認められ、サイバー犯罪防止分野において全国で初めての内閣総理大臣賞受賞(2016年10月)となった。
金沢市との協働事業として、「金沢e広見ブログシステム」の構築と運用(2012年4月~2018年3月)がある。加賀藩の時代から金沢城下町の至る所にあり、防衛・防火・お祭り広場としてコミュニティ形成に役立っていた広見。近年は都市計画やメディアの多様化などの影響で、広見の役割が薄れてしまったため、SNSを利用した「金沢e広見」で地域のコミュニティを復活させようとするまちづくり支援活動である。
この一連の活動は、放送大学の特別講座「アクティブシニアのICT活用生活」(同志社大学:関根千佳教授)で、2015年4月から5年間紹介された。
今日の公共サービスにおいては「公助・共助・自助」が求められている。少子高齢化社会が急速に進む中で、全てを国や行政に求めるのではなく、自分たちでできることは自分たちで、行政と地域が協働できることは協働で、行政でしかできないことは行政で、お互いに理解し助け合いながら補う社会のシステム作りが必要だと強く感じる。シニアが永年培ってきた知識や経験を活かす場所がここにあると思う。私たちの活動は「新しい公共」のモデルとなり、一定の社会的評価を頂いたのではないだろうか。
私たちのメンバーは皆シニア世代である。健康寿命が80歳と言われる今日、いずれは老いて活動が難しくなる時を迎えるだろう。しかし、これまで蓄積した組織の風土や文化は次の世代に引き継がれ、発展継続すると信じている。
わたし自身もここ数年「加齢性難聴」に悩まされ、人とのコミュニケーションに不自由を感じている。後期高齢者となったのを機に活動から卒業し、エンジェル会員となった。80歳を超えた今は、世代交代した仲間たちの活動を見守り、年に数回の飲み会を楽しみに過ごす毎日である。
2003年に設立したNPO法人ケーネット知楽市は、昨年20周年を迎えることができた。設立当初はこれほど長く続けられるとは思ってもいなかったが、素晴らしい仲間に恵まれたおかげである。設立メンバーのひとりとして、頑張ったこと、苦労したこと、そして何より楽しかった思い出を、少しお話しておこうと思う。
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