[知楽市の履歴書](10)自閉症・発達障害者支援『らく楽インターネットカフェのポートフォリオ』

[知楽市の履歴書]:2003年に設立した知楽市の20年を振り返ります。

自閉症・発達障害者支援『らく楽インターネットカフェのポートフォリオ』

社会福祉法人つくしの会    
はぎの郷/ジョブスタジオ ノーム
施設長 水野 成

平成16年(2004年)、高本さんと遠藤さんがはぎの郷へお越しになったのをきっかけとして「ケーネット知楽市」と「はぎの郷」との協働事業として「らく楽パソコンクラブ」がスタートしました。これは「パソコン技術を身につけよう」ではなく『パソコンを介して何が生まれるか?』を重視して、自閉症・発達障害の方お一人おひとりへのアセスメントをもとに、「個別」に「多種多彩」なカリキュラムを設定して実施したパソコンクラブでした。

準備期間のことについては、「知楽市の履歴書(5)」でパースの瀬戸さんが述べられた感動を、私も同様あるいはそれ以上に受け取っておりました。知楽市の皆さんは、綿密で広範囲な準備をすべて整えてクラブに臨まれていましたが、いざクラブにおいては、準備したものをただ受講者に投げるのではなく「どんな展開になっても大丈夫だよ」という安心感を、確実に受講する仲間に与えてくださっていた、その余裕から『生まれ出たもの』が受講者の皆さんを惹きつけたのだろうと思います。

毎回、刺激的だったアイデアミーティングの場で、高本さんから、『生まれ出たもの』『成果物』を「ポートフォリオ」と言うのだと教えていただきました。まずこの生み出していただいた『場』が、最初の、そして以降20年以上続く原動力となった、ポートフォリオなのだと思います。

平成23年(2011年)に開所したジョブスタジオ ノームではさらに自由にネットを利用できる環境が整い、より気軽な参加を図って「クラブ」から「カフェ」と改名し、現在も毎月第1第3水曜日・土曜日が開催日として皆さんの生活の柱になっています。このキチンと決まった『スケジュール』が2番目のポートフォリオだと思います。

こうした安心と充実の『場』『スケジュール』に支えられて以降、お一人おひとりの大切なポートフォリオが有形・無形に生み出されています。らく楽インターネットカフェでの活動や成果物のご紹介と評価を、自閉症支援という視点から幾つかご紹介いたします。


◆M.S.さん

サヴァーン(savant syndrome)と呼ばれる、一部において超人的な能力を示される方々がいます。映画「レインマン」で描かれたように、一見した景色を写真のように再現出来たり、計算能力や記憶能力が突出している方が、自閉症スペクトラムの方々の中におられます。はぎの郷・ノームのご利用者の中にもそういう特徴を持たれた方がいます。しかしサヴァーンの方々がその力を余すことなく発揮できるためには、特別に整備された環境や深い理解者が周囲に在ることが必須です。

街中の建物や看板、これは時々建て替えたり掛け替えたりされますが、そこに強い興味を持っておられたM.S.さんにとって、急な環境風景の変化は、驚きや不安の素でしか無かったのですが、ネット上に過去の画像が存在することにカフェを通して気付けたことで、生活が大きく変わりました。現在では、貴重な昔の建物・看板画像をネット上から収集したり、お父さんと現地へ写真を撮りに行ったりして、カフェの時間にそれらを1枚のシートにまとめ、宝物として普段も持ち歩いておられます。

■Portfolio

    • お気に入りの建物・看板画像シート
    • お父さんとの共通趣味のお出かけ
    • 不安だったことがカフェの仲間と共有できる趣味に変化したこと

◆N.S.さん

日々の生活の中で楽しかった行事や美味しかったご馳走等の作文をワードで作成しています。親御さんを亡くされたりして暮らしの環境が大きく変わっていく中で、書かれる内容も大きく変わっていきましたが、「楽しかったことをパソコンで作文に残す」という営みを彼女は大切にされていて、毎回のカフェに参加されています。作文に書きたいことにあふれた毎日を過ごしていただけるよう、はぎの郷もしっかり取り組んで行かねばと思います。

作文を書くことは彼女がご自身に課したノルマのようで、書き終えた後はアイ・オー・データ様から頂いたカラオケマイクをPCに繋いでYouTubeのカラオケチャンネル等で大好きな歌を楽しんでいます。大好きな歌の中には、親御さんが大好きだった歌も含まれています。

■Portfolio

    • 楽しかった思い出作文
    • 作文書いた自分へのご褒美のカラオケタイム

◆M.T.さん

「知楽市の履歴書(4)」で杉江裕子さんが紹介されていたMさんです。1976年からの重大事故や大ニュース、有名人の訃報などを「報道特別番組の歴史」として編纂しています。

Mさんにとって、重大事件や有名人の訃報・雨天中止・選挙等により、平常のTV番組が突然変更されたりすることは驚き・不安の出来事で、重大であればあるほど報道特別番組は大掛かりになり、彼の不安はさらに大きなものとなっていきます。「本日は時間を延長してニュースをお届けします」というアナウンサーの言葉なんかはもう大っ嫌い。彼はその一つひとつの大事件の日付と出来事を、強く強く記憶に留め、時々ポロッと口に出すので、第三者からは自閉症の特性にからめて「記憶力の良さ」ということを評価されたりしていました。

杉江さんとの共同作業の中で、Mさんが最も熱中して取り組んできたのが、この『報道特別番組の歴史』と名付けた歴史書の編纂です。ご自分の膨大な記憶を『Excelデータ』として整理する作業。データは全て彼の頭の中にあるので、講師の先生は、文字入力や修正の仕方、データとしての整理の仕方などを彼に伝えるという共同作業。力を合わせないと進まない作業だったので、Mさん、先生に質問しまくり!見違えるように積極的な社交的な姿をみせてくれていました。

20年も経つうちに少しずつ、彼にとって「大事件=番組改編」は不安を掻き立てられる嫌な出来事ではなく「歓迎すべき記録ネタ」に変わってきたようです。今日も「水野さーん、今日の徹子の部屋は急きょ●●さんを偲んで!」「そんなに喜ばんとこ!」「今度パソコンカフェで書く!」「嬉しそうやじ」という会話をしたばかり。講師の先生方も彼に感化され「Mさん、先日のあの事件は記録しなくてもいいんですか?」「あわわわわ・・・(忘れてた?)」などと共同編纂者のような立場になって一緒に熱中して下さっています。Mさんも、今では関連情報を新聞やWEB検索で調べて漏れなくキッチリ補足していく技術も身に着けていますが、毎回、必ず杉江さんと玉井さんのお話をしてからPCに向かっています。

杉江さんが「履歴書」に書かれた内容に、Mさんから訂正をいくつか。出会った日は平成16年(2004年)8月27日木曜日。フォルクローレコンサートを一緒に観たのは平成16年(2004年)11月3日水曜日 文化の日。・・・だそうです。

■Portfolio

    • 『報道特別番組の歴史1976-2024』297ページA5版書籍
    • 自分の膨大な記憶がカフェの仲間(講師も)と共有できるものに変わったこと
    • 杉江さんとの思い出(杉江さんが遺してくれた記録集)

◆K.Y.さん

平成27年(2015年)10月15日、瑶子女王殿下がケーネット知楽市の事業のご視察のため、カフェにお越しになられました。その際、K.Y.さんへの支援の経緯を、栗原さんと共に、瑶子殿下にご説明させていただきました。

自閉症の方の特性として「言葉によるコミュニケーションが苦手」とよく言われますが、リフレーミング(違う視点から物事を捉えなおす)して表すと「見て理解することが得意」と置き換えることが可能です。K.Y.さんへは、まさに彼女の「見て学ぶ」能力の高さを活かし、全くの言語指示を用いず「見せて導く」方法で、ネット活用のメリットや、キーボード入力の方法、キーワード検索の方法等を学んでいただきました。リフレーミングとエンパワメント(長所を伸ばす支援)は自閉症の支援においても大切なことですが、K.Y.さんのカフェ参加においてはこの2つのポイントがとっても上手く活かされました!・・・ということをご説明させていただきました。

K.Y.さんは今も、幅広い興味の対象について、キーワード検索でネットサーフィンを楽しまれています。シャンプーやアイスクリーム、箱菓子などの様々な銘柄、戦隊シリーズの新旧◎◎レンジャー、天才バカボンなどアニメのあれこれ・・・PCに向かう彼女の周囲はいつも幸福なオーラに包まれているようです。

  • 令和3(2021年)年6月16日、コロナ禍の中、瑶子女王殿下より、あの時出会った仲間の皆さんへと、マスクを賜りました。

■Portfolio

    • パソコンに向かうと広がる彼女の興味の世界
    • 好きな情報に包まれる満たされた時間
    • K.Y.さんにおける「正しい学び方」のひな形

その他のメンバーの皆さんの「いま」は以下のとおりです。
ID 現在の活動 Portfolio
H.S. ご自分のカメラで撮った写真をWord文書に貼り付け、コメントを入力する作業に熱中されています。
そのコメントも彼の人柄を表していてとても楽しいもので、1年毎に冊子にしています。
写真の整理が終わったら、YouTubeで好きな動画を観て楽しんでいます。
コメント付写真集
「写真家ダンボの写してポン」
K.E. 好きなアニメやドラマの動画を観たり、画像を印刷して大切にビニール袋に入れて宝物を札束のように持ち歩かれています。(こんな風に宝物を持ち歩くやり方を好む自閉症の方は結構多い)

カフェの時はPCの周りにお気に入りグッズを並べて、いつも楽しい空間でカフェを楽しまれています。

お好み画像
N.M. 好きな俳優(男女)やディズニー、大河ドラマ、なつかCMなど、カフェで調べたいことを事前にメモ用紙にリスト化して、やる気満々でカフェに臨んでいます。
調べた中で気に入った画像はUSBに保存したり、プリントアウトしたりして、楽しんでいます。

お好み画像
K.Y. メモ魔のKさんはカフェの期日までにため込んだ紙切れの山をカフェの場に持ち込んでPCに打ち込んでいきます。
読み始めると何故か引き込まれてしまって、読み耽ってしまいます。Kさんの気持ちの流れがとてもよく伝わってくる読みやすい文章です。
因みに、紙切れに書かれているメモは超・行書体のため解読不能です。
文集「私の日記」全8冊
I.S. 芸術活動で活躍する画伯は、PCに向かうと専ら事務作業に熱中されており、任意の歌手の全曲目リストの作成を行っています。
超大物から地下アイドルまで、彼のアンテナがキャッチした多くの歌手の曲目リストが今日も作り続けられています。
歌手別曲目リスト
M.Y. ペイントアプリを駆使して色々な絵を描いて、誕生日の人にプレゼントしたり、作品展に出展されたりしています。
その他、PCにCDの音楽を取り込んで、カフェの時間、音楽を楽しんだりしています。
絵画作品
S.K. 杉江さんから東京のお土産で頂いたPCソフト「百年日記」を活用し始めて早や20年、でもあと80年使えます。
このソフトを彼は、日記ではなく備忘録として利用しており、ネットで見つけた画像や興味のある写真を並べたり、コメントやキャプションを書き加えたりして活用されています。
百年日記の二十年目
Y.K. はぎの郷の最年長の彼にとってカフェでのお楽しみは演歌。YouTube上の好きな演歌を次々と選んで、時には一緒に口遊みながら満ち足りたひと時を過ごされています。
この20年でTVでは演歌の歌番組がほとんど無くなりましたが、こうして好きな歌手・曲を選べるのはありがたいことです。
満ち足りた時間
N.S. 昭和時代の、子どものころに親しんだ、クイズバラエティ番組をYouTubeで楽しんでいます。淡々と、毎回同じように同じ番組を同じ順序で視聴して、それが寛ぎのひと時となっています。 ホッとできる時間
U.K. カフェの時間は次々と、電車を調べたり、興味のあるTV番組等の情報を確認し、忙しく忙しくネット事務作業を行っていますが、いつの間にか数枚、アイドルの画像を保存してあり、終了後、印刷してお宝となります。 充実したデスクワークとお好みグラビアアイドル画像
S.H. 普段、YouTubeで好きなバラエティ(特に路線バスの旅)を見て、盛り上がる失敗場面をくり返しくり返し再生して「くっくっく…」と笑っていますが、何か調べものがあればPCを駆使して有益な情報を引っ張り出してくることが出来ます。
ノームでのPC再生の作業においても検品やスペック調査やOSインストールは「任せとけ」と熟練の作業者となっています。
休憩時間・余暇の楽しい過ごし方

お一人おひとりのポートフォリオはささやかなものですが、多種多彩に20年間継続され、皆さんのお楽しみの時間であり続けていること自体が、素晴らしいことだと思います。

遠藤富一さん、本田正三さん、栗原みゆきさん、福田博子さん4名の講師の方々はプロジェクトのキックオフ時からのおつき合いとなります。石川高専の長岡健一先生も空き時間が出来た時にはご参加いただいています。どの方も、仲間たちの細やかな成果物の一つひとつを、大切にしていただき、喜んでいただいていること、感謝に絶えません。

ありがとうございます。本当に有り難いことと、思います。講師の皆様も仲間の皆様も、いつまでも元気で、カフェで語り合えることを願って止みません。


(11)へ続く

 


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